上田城跡公園の団子山。
もみじ祭は終わってしまったけれど、団子山のもみじは地面の落ち葉と相まって、今が一番しっとりした感じできれい。
その団子山(実際は窪地)には、いくつか石碑が建っている。
とくに何の石碑なのかもあまり気にしていなかった(説明文もないし)のだが、そのうちのひとつが、全く別の場所にある説明文で、なんなのか判った。
説明文の看板があったのは「サマーウォーズ」で有名になった「米山城」の、裏の登り口のそば。
「渡辺平和」という先生の殉職記念碑(ここが実家の墓地のあるところ)。
大正8年、埼玉県の幸手農学校(現杉戸農業高校)で、川に落ちた生徒を助けようとしてともに亡くなってしまった人。
あ、うちの高校(小県蚕業学校=現上田東高校)の大先輩ではないか。
多分、地元の人以外、上田市民もあまり知らないよなあ。
幸手にも記念碑があるそうだ。
上田には、もうひとつ大きな殉職の記念碑がある。
千曲川河畔に建っている「小菅訓導殉職記念碑」。
こちらは、昭和4年に遠足途中千曲川に落ちた子どもを助けて、自分は亡くなってしまった小菅武夫先生。
別所線の鉄橋近くの堤防道路を通ると、ロウソク型の大きな記念碑が目だつから、目にした人は多いと思うが。
今年も、溺れた子どもを助けようとして亡くなった大人の方はいるが、今では、たとえ教師でも、いちいち殉職碑を建てることなど無くなってしまった。
石碑を建てることが、果たしていいことなのかどうかは判らないが(政治的に利用したりする連中もいるし、大した功績もない政治家の銅像や記念碑なんてのはもってのほかだし)、ひとのために身を挺した方のことはやはり重く受け止めるべきだろうなあ。