静かな映画である。
だが、退屈ではない。
同じ小泉尭史監督の「阿弥陀堂だより」では、作り手の作為のようなものが時々生で現れてしまって、ちょっと引いた部分もあったけれど、この映画にはその押しつけがましさはあまりない。
語り手役の吉岡秀隆が、数学の教師として「数式」の説明をしながら物語を進めてゆくのだが、その部分にも無理がない。
原作は面白く読んだけれど、映画でこのストーリーをどういう形で見せるのかと思っていたのだが、語り手を置くことで、スムーズにドラマが進んでくれた感じだ。
そして、なによりも、寺尾聰がいい。
80分で記憶がリセットされてしまうという障害を負った人物を(考えてみれば、とんでもない難役である)、素直に見る側に受け入れさせてくれている。
もうひとりの主人公、家政婦役の深津絵里も、やはりいい味の演技を見せてくれている(彼女が、『なぜ、あんな「西遊記」なんかに』出ているのか、不思議でならない)。
けっして、大ヒット大受けというタイプの作品ではないが、佳作である。
数学の話なんか苦手だ、というあなた。その点は、ご心配なく。
深津絵里が自転車で博士の家に通う千曲川の堤防道路は、わたしのウォーキングコースである。